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2006年3月10日 (金)

アニメージュ4月号「両澤氏インタ」より

”もうね、あまり喋らないほうがいいんじゃない?” (否定的な意味ではない)

「ロマンアルバム:デスティニー編」でのロングインタビューで、福田監督や両澤氏の思い描いていた”「DESTINY」について”は、私は充分に理解できていた。
そこから考えると、4部作となる”スペエディ”にはこのインタやNTでの監督インタを読むまでもなく、既に期待をしていた。

それはそうと今回のインタネタを某所で拾って読んだ。
そして本日、本屋で立ち読み(笑)
アスカガについて、アスメイについての発言は、概ね私が思っていた事と同じであり、改めて再確認したまでのこと。特に(大きく)異論は無し。
ただこの時点での両澤氏の発言は、どうしても反感を買い兼ねない言葉に捉えられやすく(本編での描写や言葉足らずなのは、そもそもそういうことなのか?w)
話せば話すほど墓穴を掘りかねない、という印象が強く感じられてしまうのはどうしてだろう?
今回も、「もういいから・・」という思いでいっぱいになりながら読んだ私だった。

●アスカガ「勘違い」発言について
正直、この発言当時には私も少なからず憤りを感じた。
それは「勘違い」という言葉の意味(内容)ではなく、”作っている”両澤氏が「勘違い」という発言をしたことに対して。
”作っている”人間が「勘違い」だと言ってしまっては、その後にあるものは”破局”以外のなにものでもないと、夢も希望もうち砕かれた気持ちになったから。
だって”作っている”人間が”ない”言えば”この先はありえない”と同義でしょう?

今回のインタではそこに補足がされていた。

>知り合って好き合ってハッピーエンドって言うんじゃなくて、好きなもの同士でもその後お互いの周囲や別の面、現実が現れてくる。それでも揺るがないのが本物の愛情。
>お互いを知らなさ過ぎるので、その「好き」が盛り上がっての勘違いか本物かがまだ分からないよ

これを読んで、「本物かがまだ分からないよ」の部分がどうしてあの時になかったのかがとにかく悔やまれる。
それならば私は、内容にも発言そのものにも、納得していたハズだから。
もともと、アスカガ二人の”幼い恋”についてはずっと感じ続けていたわけで、

>あの指輪の渡し方は最悪のケース、わざとそう書いたけど

という意図的なものは初めからアリアリと感じていた。
その意図が決定的になったのが「すれ違う視線」。そして(当時)補完するしかなかった「変革の序曲」で確定。
アリアリと感じていたものが、真実だと見せ付けられ、”アスカガを想う者”としては両澤氏を憎らしく思ったのはまぎれもない事実。
”別れさせる為に、あえて指輪を渡して盛り上げたな、チクショー”ってな感じで(笑)
この時すごく冷めた自分がいたなぁ、と振り返る。
理由は解らないでもない、けれどこの先、意図的に距離を置かされた状態の2人を、再び掬い上げてくれるのかどうかまでは、皆目見当がつかなかったから。
そこでの「勘違い発言」はものすごい衝撃であり、ノックアウト寸前。

”幼い恋”については、その「変革の序曲」の時点で書きまくっている(それもひと様のところで)
読み返してみると、アスカガの二人の恋愛について”(戦時中という)特殊な状況下で生まれた愛”とか”こういう愛の場合、簡単に発展した分、壊れるのも簡単だったりする”とか”とんとん拍子の恋”とか表現してたりする(笑)(・・ちょっと・・かなり?反発をくらったけど)
今思うと「=勘違い(肯定)」と言っているのと同じようだね、私(^^;)・・・
言い訳するなら、”私自身”がそう思って書いたのではなく、制作側が”初めからそのつもりで創っている”と(私が客観的に)”感じた”ことを軽い気持ちで”そのまま”書いたということなんだけどね。
でもね同時に、「あえてアスランからカガリに言葉がなかったのはそういうこと※からで、大人の愛へ一歩踏み出したのだろうと思っています。「言葉」は時に人を縛りますから。」
※そういうこと=”気持ちそのままに「好きだ。愛してる。待っていてほしい。(待っている)」という言葉を言うのは簡単だけど今はその時期じゃない”
とも書いているわけで、これが”私自身”のその時の想いであり、こっちが本心なんだよねー。(これを乗越えてれば本物になるんだよーという意味を含んでいるつもりなんだけど、今更後付けにみえるかな?)

最終回でのアスカガ補完はなく、そんなところに最終回終了時の両澤インタから”「勘違い」発言騒動”が勃発。

今回のインタで、「勘違い」という”状態”ついてはまったく異議がなかった私として、”わざとそう書いた”と言う両澤氏の”意図”をきちんと読み取っていたということになり、それが証明されてちょっと嬉しかったりした。(自慢?優越感?・・自己満足だなw)
(そのものズバリ、”意図的なものを感じる”というコメントも”幼い恋”「=勘違い(肯定)」(による反発?)のフォローコメントの中で書いた覚えがあるのだけど、いつどこで書いたのか...自分で消去したアレかな?^^;)

ということで、この度この件に関しては

>だからデス種スタートの時は「勘違い」と言ったらびっくりされた
>彼らなりの愛情があるはずで、それをふたりで見つけていかなきゃならない
>私、あの二人の仲を引き裂こうとしていたわけではないし、彼らのことも好きなので誤解しないで

どことなくお茶を濁すかたちで終結かな。
でもこの両澤氏の補足弁明?釈明?は、”ロマンアルバム”でのインタも”後付け”と批判を浴びていたし、今回も「今更なにいってんの?」と言われ兼ねない気がして・・・なんだか不憫。

●カガリに甘えられないアスランについて
「アスランってこんな人」の中であえて書かなかったもの、「プライドが高い人」

アスランはプライドをもって物事に取り組む人なんだけど、決して「高い」わけではないと思っている。プライドが高いのはイザークだよね(笑)

>プライドがあるから寂しくても甘えたくても言えないが、当然アスランにも弱い部分はある
>アスランはカガリが大事だし,支えになりたいというのは生涯変わらないけど、本当に疲れて大変なときにはカガリに甘えるのは難しそう

う...ん...そう...たぶん。。分るようなちょっと違うような・・・これについてはそんな感じ。

カガリに対しては、”プライドから”というより”強がり”的な言動を取ってしまう傾向はあると思う。それもカガリに心配かけまいとする気持ちからのこと。
でもアスランが「死にたい気分だ」と口走ってしまえるのは、やっぱりカガリにだけであり、(もしかしたらキラにもだけど)それは心を許したカガリへの甘えからくる言葉じゃないかな?って気がしてるんだよね。
ただ、本当にアスランがどうしようもなく迷った時、困った時はどうかな?と考えた時、
たぶんというか、やっぱりというか、ひとりで考え込む可能性は大。そして結論をひとりで決めちゃう可能性は非常に高い、とは思う。
でも、それを察知できる(た?)のがカガリであって、カガリから指摘されて”素のアスラン”が表にでる、それがそんな二人のカタチじゃないかな?って思うんだ。
そこで「ああ、俺はひとりじゃないんだ。コイツが見ていてくれている」とアスランが我に返って想いをポツポツ語りだす・・・それもひとつの甘え方なんじゃないだろうか?
ここで言う甘えが、「”自分から”甘える」というのが難しそう、という意味ならば、この場合にしてもそういうことなのかも知れないけれどね。
ここでの問題はカガリに気がつく余裕がなかった場合、甘えることすらできないという欠点があるんだよなぁ。
でもやっぱり強がりが言えること自体が既に”甘えてる”ってことにはならないかなぁ?


>カガリはカガリなりにアスランに甘えてるけど、ウズミやキサカのような大人の男性に囲まれて育った子の甘え方なので、若いアスランには分からない、振り回されるっていうか・・

今度は逆のパターンだね。これは、そうなんだろうなと思う。
受け止めてあげたいのだけど、どうしてよいのか分らない・・・というのはありえる話で、それはカガリの甘え方云々の問題より、アスラン自身の経験不足だろうね。
それ以前に甘えていると気がつかない可能性が・・(経験不足というより天然?)
ミネルバでオーブに帰還した際、ロクに会話もできない状態でもじもじするしかないカガリに(状況判断の上)理解を示す言葉のみ、ってのがあるしなぁ。そしてそのまま実務的話題に切り替わってしまうし・・・。
これが、ちゃんと謝りたいカガリなのだけどちゃんと謝れていないカガリ、という”大人の男性に囲まれて育った子の甘え方”なのかもしれないんだよなぁー

ここは痛いなー。
本当は、今だから甘えたいもの同士のすれ違い。
ユウナの出迎えやユニウスセブンの件もあって、アスランもカナリ凹んでいた時だし...ひとりぼっちで寂しそうだった。それでキラにちょっとだけ弱音を吐いちゃうんだけど、キラもまだ黙っちゃう状態だったしね。

これはちょっとまずいかも知れない。。。

●キラは特別な存在
「(大丈夫ですか?)って言わないほうがいいよ、アスランは”大丈夫だ”って言うに決まっているから」
そこで「本当に大丈夫だ」とムッとして言い返すアスラン。言った相手がキラだから。
”キラだから”、強がりつつも弱音を吐けるのがアスラン。
この二人は以心伝心だもんね。どちらも全てお見通し。
半分言えば解ってくれるし、分かり合える関係(羨ましすぎ)。

アスランにとってキラが特別な存在というのは未来永劫変わらない。
ひょっとしたら「キラ>カガリ」もありえなくはない(ヘンな意味ではなく) 
(注)命のやり取りとかの究極の選択は考えないでほしい。

>アスランにとって一番気楽なのはキラ
>べったりするわけでなく、疎遠でもない。適度に甘えて、聞くところは聞いて、言いたいことは言い合う。

ということで、まったくもって意見は合致、というか誰の目から見ても明らかだね。

●スペエディについて
”アスラン視点で”ということが監督からも両澤氏からも強調されていた。ちょっと嬉しい。
4部作だから、第一部は「起承転結」の”起”の部分。
アスラン、セイバー受領。キラ、甦るフリーダム。シン、オーブ沖にて初種割れ迄。
とにかく、せっかく視点をアスランに絞るのだから、丁寧に作り上げて欲しいと思う。
もちろん最後までお付き合いするつもりだしね。

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