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2006年4月14日 (金)

アスカガ的小説版:SEED DESTINY(5)選ばれた未来

小説版DESTINY5巻では「決意のアスラン」と「ガカリを想う(寂しがりや)アスラン」の2本立てだった感じ(笑)
アスランの登場は、「カガリの声明を出すんだ」と告げに来るキラ、というところから。
「(大丈夫)・・って言わないほうがいいよ、アスランには」は本編と一緒。キラのアスランを分っているところが結構好き。
いつも無茶しているようで心外だ。もっともキラたちがこうして軽口を叩くのも、自分が目に見えて回復しているからだろう。
アスランもアスランでわかっいて、キラの前だから、ラクスの前だから憮然とした態度をとるという正にアスランらしい態度w
キラとこうして再び話せる時が来たことを嬉しく思いつつも、カガリが来ない(来られない)事にわかっちゃいるけど
一抹の寂しさを覚えるのも事実だ
という一文には「そっか、アスランは寂しがってたか」とカガリを気にするアスランとしては嬉しくも思いつつ、でも、「寂しい」という言葉にはどこかしっくりこない私。アスランって私の中ではあまり寂しがりやじゃないからなぁ。
だから、カガリが覚悟を決めて出撃した時点で、カガリの決意は感じ取っているわけで、画面に映し出されたカガリの顔にはまず安堵を示すほうが先じゃないかしら?と思うわけで。
『いやぁ、寂しがっていたかぁ~』ということなら、欲しかったのがこの言葉。
「プラントの動きは?オーブは今どうなっている?・・カガリは?」
情勢を気にするそぶりで、実はカガリのことが知りたいアスラン。
いきなり「・・って言わないほうがいいよ」と登場する相変わらずのキラにからかわれていることに「お前何しに来たんだよ」と言う意味を込めてやり返す言葉としても有効でしょ?
それで、キラが本来のお使いを思い出したかのように、「・・あ、TVつけていい?」と答えにならない答えで答える。「カガリが声明を出すんだ。」
そこでカガリの顔を見て安堵するアスラン。(完全に妄想の世界w)
まぁ、その間にはやっぱり、再会を、再び話せることに感謝する気持ちを口にするキラにシミジミしちゃっているんだけどね。

カガリの演説に対しても、
最初は我がことのように気を揉みながら画面を見つめていたアスランは、
にはやっぱりカガリを心配するアスランとしては嬉しくも思いつつ、どっか違うと感じて・・・
アスランなら”カガリの決然とした顔がテレビ画面に浮かび上がった”時点で、その落ち着きを見抜いているはず。キラじゃないんだし、そこまで心配性ではないだろうアスランは、と思ってしまった。
ここは併せて、カガリの顔を画面上からといえども、無事な姿を確認できたことで(やっぱり自分のことは2の次)安堵し、その顔つきに何かを感じ取り、その演説で覚悟を確信する、という感じではなかろうかと。ラクスの件でうやむやになってしまったあたりで、ふと我に返って寂しさを感じることはあるかもしれない、くらいでどうかな?

初端から批判めいた感じで書き出してしまったけれど、そんなことはないから!とここでまず言っておこうかな?
カガリの想い、カガリの決断、カガリの成長にはかなり泣かされた小説5巻。
その分の大サービスなのか?と疑いたくなる程に、とくかくアスランの”離れてしまったカガリへの想い”が随所に散りばめられているんだなぁ。もう最後の最後までw。

小説版では、ドック内にてカガリからアークエンジェルの今後の立ち位置や動向についての正式発表がなされた直後に、アスカガのハグが盛り込まれている。その後で「焦らなくていい・・・夢は、同じだ。」となってしまっていて、その言葉の交わされることのなかった数秒のハグのなかで、お互いに言葉なんかなくたってしっかり感じあっていたんだなぁ、と思える。それが、
アスランの”心が離れたわけではない、共に同じ方向を見て歩いていく”であり、カガリの”たとえ離れていても、心はいつも彼のかたわらにある。”だと信じる。
それなのに、その二人の心のうちをあらわすものとの間に、カガリとメイリンとの遭遇がはさまれ、カガリの、自分はかつてのようにアスランと共に宇宙へ旅立つことは出来ない。逆にアスランに自分の側に残ってくれと請うことも出来ない。ということと’アスランを愛しているであろうメイリン’に、もう自分にはアスランを守ることができないから、と願いを託すカガリ、というのはちょっといただけない。
まあ、そう思うことすらアスランの身を案じての身勝手さだと自覚するカガリなわけで、そこでの”たとえ離れていても、心はいつも彼のかたわらにある。”なわけだから、そこはヨシとするけどねw
これはあくまでも小説版のカガリ。本編ではそこまでの含みはなかったように思う。”たとえ・・”以下はおいしく頂くことにして、メイリンの部分はやっぱり「私は一緒にいけないから・・・」がカガリの”女性としての本心”と、都合よく解釈したいし、する。

戦うしかないと戦ってしまう自分たち。それでも今は戦うしかないと言うラクス。ラクスの言う戦う理由「未来と希望を封じられたら、それは滅びたものと同じこと」だから戦ってでも勝ち取らなければならない未来があるということ。
議長の言う世界からすれば、道に惑い、時代に翻弄されながら歩んできた自分の道のりは不幸であり、無駄な道のり。でもその無駄があったからこそカガリに出会えた。
アスランは心の底から思う。出会えてよかった、と。
何かにつけてカガリを思い出すアスラン。うふふ。
「カガリに会えてよかった」その思いはずっと変わらず。

予期せぬネオジェネシスの登場。レクイエム本体を破壊できないでいるオーブ軍。
いま討てなければ、一次中継点も復活する!オーブが、撃たれる!
アスランの脳裏に浮かぶカガリ。自分と同じ方向を見据えた、強い金の瞳。
彼女も消える!それはアスランには耐えがたい想像だった。
オーブが、でありながら真っ先に安否を気にかける対象がカガリ。地球に残り、自分たちに未来を託し信じて待つ。オーブという国にも、アスラン自身にも大切なひと。
アスランがいかに未来を望んでいるかがよくわかる。望む未来はカガリあっての未来。それを無くしてしまっては、たとえこの場でこの戦いに勝利することがあってアスランにとってはなんの意味を成さなくなる。
(とは書かれていないけれど、かなり妄想スパイスを効かせまくってそのように解釈w)

「帰っておいで・・・」
漆黒の宙に上がる色とりどりの信号弾の光かアスランに語りかける「帰っておいで・・」と。
もちろん帰りますとも!
「ただいま」と言って帰るために勝ち取った未来。
「ただいま」と帰る場所を守るために戦ってきた。
「ただいま」と言えるひとを守るために戦ってきた。
きらめく海で、白妙に寄せては返すさざなみ。美しい緑の島々。そこには帰りを待っている人がいる。
待つ人と共に進む未来の為にこれからも戦う。それでも今は待つ人のもとに帰りたい。帰ろう。自分たちにはまだ見ぬ明日があるのだから。


小説版では映像だけではみえないアスランの気持ちに妄想ワールドが広がるなぁ(笑)
おいしいところはおいしくいただきましょうw
本編とは微妙に変更されている部分もいくつかあるけれど、基本はあくまでも本編であり、変更箇所は変更箇所として別のものと捉えよう。そしてどちらが良いとか悪いとかではなく、好き嫌いくらいの範疇でおさめよう。
でも、色々な角度からDESTINYを楽しむには媒体はひとつにこだわらない、これ大事w。

5
巻はアスランを堪能したい方にはオススメの一冊。(3巻はかなり痛いけどw)

※アスランの決意バージョンは本宅にてどうぞ。

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