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2006年5月30日 (火)

カガリ

そういえば、「カガリ」ってタイトルなかったよなぁー。あ、でも、「カガリ再び」があったか。
「ラクス」もなかったけど、「敵軍の歌姫」と「ラクス出撃」はあったよな。
”ない”というなら「シン」か。あっても良さそうだったんだけど、「PAST」がそれにあたるってことかな?(後に「ステラ」や「ミーア」や「レイ」があるのになぁ)

それは、どーでもいいのだけど、どうも最近カガリに対する”アイ”が足りない私のような気がして(^^;;) もちろんカガリは大好きだし、アスカガの幸せな未来を切望してはいるのだけど。

スペエディ(1)のDVDを(やっと)みた。
そのなかでふと目に留まったのが、ヨーランの(結果的)失言を耳にし、アスランの静止も聞かず烈火のごとく怒りをぶつけるカガリに対して、見かねたアスランの「いい加減にしろっ、カガリ!」という一喝に、シンやレイ以外のみんなが驚くという場面。
スペエディでは、まだアスランの正体が誰にも割れていない段階であり、そりゃあ国家元首ともあろうお方が、たかだかいち護衛に一喝された挙句に、悔しそうに口を噤まざる得ない状態になるなんてありえないわけで、なんだか本来の力関係(私的には対等)を見れた気がしてちょっとだけ嬉しくなった。(どっか視点が違っちゃってる??w)
失言に対して喰って掛かるカガリは、カガリらしいといえばカガリらしいし、まったくカガリらしくないといえばカガリらしくない。言い過ぎてしまったのは、プラントの意向を含む議長の態度や、連合によるMS強奪、ユニウス7の落下などで、より多くのストレスと抱えていた状態であり、抑えきれなくなってのことだろうとは思うけれど。(コレは本編も同じだけど)

秘密会談時のカガリは、声が凛々しくなった。精一杯に議長と”対等”であろうとしている様子が良く伝わるようになった。それでも議長からみれば、”虚勢”でしかないんだろうなぁーと思うとちょっと痛々しくもある。その後オーブに戻っても、やっぱり自国の首長たちからも足蹴にされているというか、相手にされていないというか。。。”傀儡”という言葉がぴったりなんだよね。

ふと「DESTINY」を初めてみた時の事を思い出した。
カガリの印象は、非常にイマイチだった。初めてみたのが”このカガリ”だったら、やっぱり誰しもがそう思うのだろうなぁーと今でも思う。(今回のスペエディでは尚更に?)
私の場合は過去に遡ったところで、カガリの評価をぐんぐん上方修正していき、最終的に「DESTINY」でのカガリの決断にも納得していないわけではない。だけどどこか「でもなぁー」・・・というのが最近の私。何が「でもなぁー」なのか、私自身にも良くわからないのだけど、それでも「でもなぁー」なんだよね。
で、その「でもなぁー」を只今考え中。私自身が納得のいく結論が出るまでこの問題は保留。 ”考え方”の問題のような感じはしているのだけど、誤解かもしれないし、ただの勘違いかもしれない・・・
もしかして、女として張り合っているだけかもしれないし(爆)←コレは絶対ないwww

といいつつ、本当は単に”アイ”が足りないだけかも?
ということで、アスカガつながりのブログさんで紹介されていた”カガリスキー度占い”で自分を試してみた。
結果、(初回は) 「オーブ3人娘 並みのカガリスキー」
やはり、”アイ”はあれど少々控えめだということだろうか?
悔しいので再チャレンジを繰り返した。しかしなかなか”アスラン”にはならない。
けれど、ふと気がついてしまったのだよ。私の答えには”落とし穴”があったということを。それは・・・(ナイショ)。
ただ、言えることは、実は最初から”アスラン並み”となんら変わりなかったということだ。
...へへへっ良かった♪ちょっぴり安心した。

(決して否定的な意味ではないのだけど)とにかくカガリのことはもう少し考えたいと思っている。どーも釈然としなくって、カガリが書けない私だと気がついてしまったから。

2006年5月26日 (金)

今、望む世界への旅立ち(2)

>>>(1)からのつづき

決意を固め、ひとに頼らなくなったキラの姿に、自分も決断を下すべき時がきていることを悟るアスラン。
立場、使命、命令、しがらみ。希望、夢。家族、友達、仲間。国、世界。昨日、今日、明日。一番大切なコトは何?
”ザフトのアスラン・ザラ”なら当たり前のように、与えられた命令であり使命を遂行ことをまず最優先とするだろう。
では、キラの幼なじみの”アスラン”なら?
同胞でないのならば、それは全て敵なのか? 
戦いに勝って得られたものは何だった?そもそも得られたものなどあったのか?

キラのやろうとしていることの意味を理解し、だからこそラクスはキラにフリーダムを託したのであり、自分にも一分の望みを託して(アスランをよく知るラクスには確信だっただろうけど)、キラへと導いたラクスだ、という事にはじめて気が付くアスラン。
「俺達だってわかる!戦ってでも、守らなきゃいけないものがあることくらい!」

自分が本当は何のために戦おうと決意したのか、本当にやりたかったことが何かを思い出すアスラン。
今まで何のの為に戦ってきたのか?今となってはもうわからない。
けれど、今のこの世界が、戦ってばかりのこんなの世界を望んでのことではないことだけは確かだ。
「本当は、何とどう戦わなければならなかったのか?(ならないのか?)」

今度こそ望む世界を...。この疑問の答えを探すこと、それこそが願う世界への第一歩となり、踏み出したこの時がアスランの出発点であり、この疑問こそがアスランの原点だと私は思っている。

「一緒に行こう、アスラン。・・・みんなで探せばいいよ、それも...さ。」
思いつめたような神妙な面持ちでのこの疑問を発したアスランだったのに、キラのこの言葉に、次のカットであっさり頷くアスランとディアッカだったのには、正直
『へ?(はやっ!)』と思った私だった(笑) 
ま、カガリには「答えはでているのかもしれない」と言ったアスランであり、今までの苦悩を考えれば、そもそも選択の余地などないわけで、既に決めていたことだとは思うけど(笑) ここは小説でこんな風に補足されていた。

そうか---。(とアスランは気づいた) 迷って、いいのか。道がまだぼんやりとしか見えなくても、手探りで進めばいい。今日答えが出なくても、明日にはわかるかもしれない。

やっぱり、ここは新らたなる苦悩の始まりでもあるアスランの原点に他ならない。(結局いつだってここに戻ってくるのだから)
しかし、それと同時にちゃーんとここで「迷ってもいいものだ」と結論付けているのになぁ。それもかなり前向きに。
とはいえ、”迷いを悟る”という事は本来ならありえないこと。”悟る”とは迷いがないことだから。・・・だからこの次に足を踏み入れてしまった迷宮では”迷い→割り切る”へと変化させてしまったわけで、これはこれで仕方が無かったのかもしれない。それで原点に返るのにも時間が掛かってしまったんだろうなぁ(泣)

「・・でも、まだ見つからない」
”何と戦わなければならなかったのか?”という疑問をいつまでも解決できず、DESTINY-8話にてアスランがキラに洩らした弱音。
DESTINYから観はじめた私にとって、ここの場面が決定打だった。
”いったいこのひとは、何をそんなに背負ってしまっているのか?” とにかくこの人の苦悩の発端を知りたい。そう思ってSEEDの世界への逆戻りを決めた。そしてそのまま見事にアスランにハマッタ(爆)
SEEDの主役はずっとアスランだった(笑)。とにかくアスランの視点で見た。だから死闘の果てのキラとアスランの再会→共闘はとてつもなく嬉しいエピソードであり大好きだ。
同時に”何と戦わなければならないのか”という問いは、”望む事、出来る事、すべき事”というカガリの言葉と共に、現実においての私自身にもそのまま当てはまり、それを深く考えていくことの切っ掛けになったという意味では、私にとっても別な意味での原点となってしまった(笑)

アスランにも、この時点でわかったことは、ある。
”こんな事はもう終わらせなければならない”ということであり、”引き金をひく数多のものを止めなければならない”ということ。
それが、たとえ何か大切なものを犠牲にしなければならないとしても、真に守るべきもの、想いを守るためにはそれと、その人達とも戦わなければならない、ということ。

「みんな夢が同じだといいのにね」
議長の思惑を阻止すべく月へと向かう前夜、アークエンジェルの甲板で語り合うキラとアスラン。その時のキラの言葉に答えるアスラン。
「いや、同じなんだ、たぶん。でも、それを知らないんだ、俺たちみんな。」
「知らない」ということをアスランは、すくなくともSEEDでのこの時点で「知った」のだと私は思っている。(やっぱりちょっと忘れちゃったりするけど)
”夢は同じ” 本当はアスランはキラ以上に実感として、このことをより強く感じていたはずだと思う。接してきた人の数や体験や経験は、どう考えたってキラよりアスランのほうが豊富なのだから。こういったものは個人の能力云々ではない。
そもそも身近な仲間を守るためにたまたま戦いに身を投じることになったキラと、はじめから多くのプラントの人々を理不尽な殺戮から守るためにと軍に志願したアスランとでは大きく違う。
見ている(見ていた)世界の大きさが、そのまま闇の大きさに比例し、その分の様々な思惑や想いや雑音に翻弄され、多くの言葉を聞き過ぎてしまったのがアスランではないか?結果、アスランがSEEDでの原点へたどり着くのを遅らせてしまった、ということではないだろうか。

全ての人の意見を反映させるシステムなど皆無。
では何処に基準を置くのか?何を優先とするのか?何を生かして何を切り捨てるのか? それ以前に全てを汲み取ることは本当に出来ないのだろうか?やる前から不可能だと決めてしまってはいないか?けれど果たして本当に出来るのか?そのリスクは?
真に上にたつものが陥る苦悩。
思案に思案を重ね、なんとか可能な限り全てを救いたいと思うアスランではあるだろう。
それでもDESTINYでいえば”割り切る”ということは、上にたつものとして確かに必要であることは間違いない。無鉄砲もギャンブルも時にはハッタリも有りだと思う。けれど”結果オーライ”では済まされないのが責任者。
ここがアスランとキラで決定的に違うところ。
”理性の人と本能の人”、”思考の人と直感の人” まったく、よく言ったものだ(笑)
その差異はずっとアスランとキラの個性として残り続け、おそらく、いずれ再び別の道を歩むかもしれないという可能性を秘めている。それは”敵となる”という意味ではなく、目指す未来は同じでも行き着く先は同じでも、同じ道のりを歩むかどうかはわからないということ。
(※ここでの考察は制作者の意図やメッセージとの対比をほとんどさせていないけれど、監督がインタヴュー内で話していたことは、このような意味なのではないか?と思う部分になります)

キラと共に、志を同じくする者達と共にアークエンジェルで宇宙へとあがる決心をするアスラン。
守るべき理念を貫くため、想いを継ぐ者としてカガリに末を託し、悪しき世界に国が利用されることがないように愛する国を、自身を焼くウズミ。

私としては、やっぱりウズミ様にはカガリの為に生きていて欲しかった。せめてひとりで立てるようになるまでは。
そして、デュランダル議長のアスラン(アレックス)への言葉。
それこそを、為政者であり父親でもあるという立場の、そんな”ウズミ様からアスランへ”と贈って欲しい言葉だったよなぁーととても悔しく思う私なのだった。

と同時に
『生き恥を晒している、と世間に言われようとも、もし、生きてさえいてくれれば、再び混沌とした世界が繰り返されることもなかっただろうに・・・』なんてね。
しかしこちらは完全タラレバの世界。まったく無意味なものでしかない。

それでもあまたの苦難を乗越えて、やっと選んだ未来を進もうとしている現在の彼らであり、とにかく進みだしたその未来を、映画で見せてもらおうではないか!(出来ることなら、幸せな一コマがほしい・・・)

思い入れが特に強い部分でもあり、2回シリーズにしてもまだ長い。
お付き合いしてくださった方に一言。

「お疲れ様でした。m(__)m」

2006年5月25日 (木)

今、望む世界への旅立ち(1)

ジャスティスを受領し、いよいよ本当の意味でのターニングポイントを迎えることになるアスラン。
受領の際に交わしたニコルパパとの会話。
「君はニコルの仇を取ってくれたじゃないか。・・・犠牲はもうたくさんだ。だからこそNジャマーキャンセラーの搭載にも踏み切ったというのに…」
アスランにとっては複雑な言葉だっただろう。
ニコルを死に追いやったのは自分たちであり、その怒りのまま仇討ちとして戦った自分。親愛なる友を殺すしかなかった自分。その”敵”であった友が生きているという知らせに驚愕しながらも、どこかでホッとしている自分。
たとえ立場は違えども、誰しもが「こんな戦いは早く終わらせたい」という思いでいることには変わりないのだということは、痛いくらいに感じながら。

地球に降下し、戦いと出会いの軌跡をたどるアスランは何思う。
「では、ご自分でご覧になったものは?」 一石を投じたラクスの言葉が甦る。
何かを決めるには、まず自分自身を信じなければならない。誰に左右されることなく、自分の目で耳で見て聞いて、確かめて、そして感じる。そこで初めてわかるものが必ずあるはず。もう一度過去をたどることで、その時自分に見えなかった何かをみようとしたのではないかと思う。
視点は反対ではあったけれど、同じ場所で同じものを見、同じ戦いを繰り広げた自分たち。同じだったハズの”キラ”には見えたものを。
偶然か必然か、マルキオ導師との邂逅もまた、見えなかったものへのヒントとたりえ、そして今のキラを知る上での(生存の確信も含め)大切なプロセスとなったことは確かだろう。

確かにキラは生きていた。
戦闘中の見慣れぬMSを前に、そのうちの一機がフリーダムであり、すなわちキラだと把握した時のアスランはおそらく、まず“安堵“だったことだろう。
けれど圧倒的にフリーダムが不利な戦況であり、キラの危機に己の使命も忘れ(?)思わず援護してしまうのは、いかにもアスランであり納得以外の何者でもない。
もし、対戦相手が地球軍ではなくザフトだったら・・・その時アスランはどうしただろうか?
もしかしたらそれでもアスランは、、、イヤきっとアスランなら同じ行動をしただろうと私は信じる。
「この介入は、俺個人の意志だ。・・・」

長い時と軋轢を経て、やっとやっと語り合うことが出来た2人。
望むもの、想いは同じだった。同じ疑問を持ちながらも、そうと知らずに戦ってきた自分たち。
”変わらずに、変わっていく”ふたりであり、お互いにそれを確認し合うふたり。
簡単に言えば”成長”ということなのだろうけれど、この場合はもともとあった形のない漠然とした想いを”表現”するすべを得たということであり、本質的にはなんら変わっていないということになる。それが、
「キラ、変わったろ。」というカガリの言葉に対する「いいや、やっぱりアイツだよ」というアスランの答えだろう。いかにアスランがキラの性質をよく知っているか、ということだね。それはキラがアスランの、であることも間違いないだろうけれど。

そうだなぁ、例えばそれは”スーツCD1・2”でキラが「”トリィ”を作りたい」と言った時と同じ感じではないだろうか。

「ちょっとまて、今なんて言った?」
「鳥」
「トリ?」

「この位ちっちゃくてさ、手の平や肩にとまって、で、こう首傾げて鳴いたり・・・」
「まさか・・と、ぶ?」

「そりゃ、飛ぶでしょう、鳥なんだからっ!」
「”飛ぶでしょう”、じゃ、ないだろう?!。。なんだってそんな!...あぁ.~~...キラ、ホンキ?」

「え?ダメ?カワイイと思うんだけどさ」
「そりゃカワイイだろうけどさ、そんなの本気で自分で作れると思ってる?」

「やっぱ難しいかな?」
「決まってるじゃないか!首傾げて鳴いて、肩にとまって、飛ぶんだろう?!」

「うん」
「俺にだって簡単じゃないぞ。それがマイクロユニット苦手なキラに、2週間で作れるのか?」
「うっ」
「キラ、課題なんだから、条件を満たしていればいいんだ。もっと簡単なのにしろよ。」

「...ん~~~」

マイクユニット製作がすごく嫌いなキラなのに、アスランでも一筋縄ではいかないようなモノを作りたがる。すでに頭の中ではできあがっている完成品を夢見ながら。
どうせなら欲しいモノ、欲望に忠実なキラ。自分の現在の能力以上のコト
を平気で口にする。この時点で出来る出来ないは二の次であり、ひょっとしたら”誰かの助けが有れば出来るかもしれない”という甘い考えもちょっぴり含んでいるのだろう。そして言い出したら聞かないのがキラ。
アスランに言わせれば、キラのマイクロユニットは製作は”苦手”であってまったく”出来ない”わけではない。要はやる気の問題。

状況も話している内容もまったく異なることであり、その深刻さは比ではない。けれど”トリィ”を”夢”に置き換えてみたらだうだろう? まさに同じような会話をしていないか?このふたり。

そんなキラが今、本気でやる言う。戦わない為に戦うのだと。
無茶だとわかっている選択をし、それでもやれるだけのことをやってみると言う。
たとえ諭してみても、このキラの決意は止められない、ということは当のアスランが一番よく知っている。
変わらないキラ。変わったとしたら、自分に頼らなくなったコトくらいか・・・?驚きと納得とが入り交じり、嬉しくもあり寂しくもあるアスランだろう。ほんのちょっぴりの不安と心配も含めてw

”誰かの助け”・・・想いを同じくする人たちが集まれば、可能性は少しずつでも高くなるかもしれない。けれど「一緒に行こう」とは言わなかったキラ。アスランの立場も理解できるのだろう。
「---ぼくたちも、また、戦うのかな...」
”君がこのままザフト軍として立ちはだかるというのなら、僕らは戦うしかないんだね”という意味が込められた言葉であり、本当は戦いたくなんかない、君もそうだというのなら・・・という希望も秘められた言葉。
それは、キラの精一杯のメッセージ、と私は受け取ったけれど。。。多分あすらんもだよね?

・・・・つづく >>>


恐ろしく長くなりそうだから一旦休憩!(笑)

2006年5月11日 (木)

Turning Point

CE71-5月5日「オペレーションスピットブレイク」発動。
クライン邸にてその事態を知ったキラは地球へ戻る決意をする。
何故?とラクスに問われ、
「何もできないからと言って、何もしなければ、もっと何もできない。何と戦わなければならないのか、少し分った気がする」と返すキラ。

アスランとの死闘がキラを大きく成長させた。
「戦いたくなんかない」といいながら、「戦わなくちゃ守れない」と戦い”敵”を撃ち続けてきた。それでも最も戦いたくない、撃ちたくない”友”である”敵”とは決して本気で撃ち合うことなどないという甘えを持っていた。もうひとりの大切な仲間を”友である敵”によって撃ち落された時、そんな甘えた思いは木っ端微塵に砕け散る。憎悪のままに戦い、挙句、自分自身がその”敵”に撃たれる、という皮肉な結果を招くことになった。
私怨---。
「戦争」という巨大なシステムは知らないもの同士、”敵”であるモノとの戦い。けれど殺し合いとその結果は「個」というレベルまでブレイクダウンする。
個人レベルでの憎しみ=私怨は復讐を促し、敵であるモノと同じく、復讐に対して報復で返り撃つ。お互いがお互いに殺戮の限りを尽くしあう。
憎悪に染まった個の集団である組織はいつしか”大義”によって”正義”を見失う。
多大な犠牲を払ってでも、敵である全てを滅ぼせば、全て終わると履き違える。自らも”敵”であるモノ達から”敵”として排除されるべき存在であることから目を背け、全てが滅びた時、己にも何も残らないということを理解しない。
戦いは(憎しみは)何も生まない。ただ滅びるのみ。

それをいち早くから危惧し、広がり続ける連鎖を憂い、和平への道を求めた続けたのがクライン議長を中心とした穏健派(所謂クライン派)であり、その姿を見続けたラクス。
そして、戦いを止めるために今度こそ”真の戦い”に挑む決意をするキラ。
だからこそキラに”フリーダム”を託すラクス。「思いだけでも、力だけでもだめなのです」と。


CE71-5月11日”ホワイトシンフォニー”に於けるアスランとラクスの会見。
おそらくラクスの希望による、ラクスによって計られた会見であり、ラクスのアスランに対する最後通告とも成り得た事実を告げるだけの会見。

戦争のなかで敵対してしまった友との戦いが、私怨からの殺し合いに発展し、ついに”敵”として討ち果たしたとはいえ、そこに残されたものは痛みのみ。
既にアスランも、戦争が非人道的行為であること、組織命令という不条理さを感じてはいたが、立場的な束縛から解放されることはできないでいた。
どんなに理不尽だと思っても、命令に背くことは間違っていることと、何においても誠実で真面目なアスランは、なんとか(自分たちの)ルールの範囲内で可能な限り良い方向に事を納めたいという自己中心的とも思える願望で埋め尽くされ、視野が狭まってしまっていることにすら気が付かない状態。
アスランはこの時までずっと「ザフトのアスラン・ザラ」であり続けていたのだから。

ラクスの言葉はいつも、ただ事実を告げるもの。
キラが生きているということ。
フリーダムの奪取は、国を裏切る(敵対する為の)ものではなく、世界の為に一番必要としている者に託した、ということであり、それが”キラ・ヤマト”だったという事実。
そのキラはフリーダムと共に地球に降下したということ。
自分は”キラと”志を同じくする者だということ。
更に「ザフトのアスラン・ザラ」は組織の中では単なる意思を持たない駒でしかなという事実を最も適切且つ簡単な言葉で突きつける。
そこには「今ここに在る、あなたは誰ですか?」というメッセージも込められている。
何も言わず、聞かず、答えを求めず、その場を立ち去るラクスは「結論を決めるのはあなたです」と無言で語る。
「”お友達”ともお話になられては?」
”アスラン”という人物を良く知るラクスには、「あなたは誰?」という問いかけに対する、アスランが行き着くであろう結論に確信を持っていたに違いない。だから「キラはお友達」とあえて表現するラクス。

ラクスの突き放すかのようなアスランへの一喝。そこに込められた温かいメッセージをしっかり受け止めるアスラン。
見失いかけていたものを、認めたくなかったものを事実として受け入れ、見えていなかった、見ようとしていなかった部分が、まるで霧が晴れるように見え始めるアスランだろう。
この日の、この時の出来事は、まだまだ手探りではあれど、アスランに今までとは違う一歩を踏み出すための勇気を与えたことだろう。
そして、それがそのままアスランの”大いなる決断”をもたらすことへの布石となるわけで、やはりラクスはいつだってアスランの”turning point”に関わる大切な存在だといえる。

デュランダル議長にいいように手のひらの上を転がされて傷心のアスランに、やはり「それを決めるのもあなたですわ」と再び一喝するのがラクス。
でも今度のラクスは「アスランでしょう?」と”ただのアスラン”である事を肯定する。
「自分で決めろ」と甘えを許さない言いようは前回と同じようでいて実は微妙に違うニュアンスを含む。
アスランが今、何を見失ってしまったのかをきちんと理解した上で言葉を選んでいるのだと思う。そこに憐れみは必要ないと、アスランを良く知るからこそ発することが出来るというもの。
憐れまない言葉だからこそアスランの目を覚まし、彼女(と彼)の思いは伝わり、アスランは言葉に込められた自分に対する彼女の信認と信頼と優しさを感じ取ることができ、素直にその言葉を心に響かせ吸収することができるのだと思う。
とはいえ、こう毎度のこととなると、彼女らに頭が上がらなくなりそうではあるが(^^;)
理性と本能ではどうしたって本能が勝るわけで、天才肌と秀才肌では最終的着地点は一緒でも瞬発力の違いは仕方が無いだろうな。
決してアスランが劣っているわけでもなんでもないのだけど、ただただ相手が悪い(笑)
実際、日常生活においては、どう考えてたって”不思議ちゃんキララク”に一般的な生活能力はない(と思う)。全てにおいて完璧な人間などいやしないのだということであり、カガリも含め、この4人はこれからずっとこんな感じで生きていくのだろうと思う。(思いたい)

しかし・・アスランがラクスのたったあれだけの言葉で、本当にそれだけの内容を汲み取っているのかどうか・・・?
アスランのその後の行動からそれは間違いないとは思うけど、一瞬にして理解できちゃうのは”聡明なアスラン”故のなせる業であり、実のところ、アスランも他人には理解しがたい不思議ちゃんたちの言動を(唯一)理解できる特別な能力を持っているエスパーなのかもしれないね(笑)

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