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2006年7月25日 (火)

「カガリと、カガリ・ユラ・アスハと、アスランと」-終章:まとめ-

以前の記事「カガリ」で書いた“でもねぇ”について。
やはりそれはカガリに対するやり場のないモヤモヤだったのだと思う。
(それはカガリ自身に対するものなのか、その裏にあるものになのかは定かでないw)
アスランがこれほどまでにカガリを愛しているというのに、カガリはそれすら気が付いてなかったのかよ~・・ということからカガリを冷たい目で見ていた私だったような気がする。それは嫌いなのではなくって、じれったいというか、いい加減にしてくれよぉ、ということであり、ハッキリ白黒付けようよ。ということだったりもして。(それも実は恐いくせにw)
何故か二人に対してだけ、これほどまでに過酷なDESTINYだったのだと改めて思う。それはこれからも続いていくのだろうね。別の道を進み始めた二人にとって、それぞれがそれぞれで、これからが真の正念場になっていくのは間違いないことだから。
(それは決して“アスランが可哀想”などという発想からくるものではなかったことは強く言いたい。アスカガ生殺しは確かに苦しいけど)
カガリをハッキリさせてくれないことから、「アスランはそんなカガリの何が好きなんだよ~」と思わずにいられなくなり、また逆に「カガリはアスランの何が好きなんだよ~」とか言いたくもなってしまったのは確か。私だって真実アスカガ未来の幸せをこよなく望んでいる。それはずっと変わらない。それなのにこの発想に繋がるってどういうこと?と我ながら苦笑いするしかなかった。
例えばね、あくまでも例えばの話。恋人同士であり続けるとか、結婚するとか、それだけが強い絆じゃないと思ったりもしていた。同じ世界を見据えている“永遠の同志”という決着も有りだと思ったりもした。(ただキララクがあまりにもベタベタするから別れちゃうのは嫌だという意地みたいなものはあったけど)。
だけどそこはカガリなんだし、「コレでどうだっ!」っていずれはとんでもない答えを叩き付けてくれるに違いないと、これからもずっと信じ続けることにした。カガリを信じる。アスランを信じる。二人の未来に待つものを私は信じる。今できることはそれだけしかないし、ここのところ長きに渡ってカガリを、アスカガを考えてきてその結果として今ならそれができそうな気がしている。(なんの情報もないから根拠も弱く、願望の域はでないけど)
“勘違い”が制作側の意図的なものだとわかってしまった以上、必然的な予定調和に鼻白む思いをしたことは事実。しかしそれは勘違いじゃなくって、もう一度ゆっくり各々を見つめ直す時間の為のモノ・・ということになった。
アスランがカガリを愛し続けている限りは、そしてカガリも・・・ということならばいつかきっと。そういうことなのだと思いたい。

私の中でのひとつの結論(まとめ)
カガリは確かにカガリだった。けれど、カガリを動かしていたのは、紛れもなくカガリ・ユラ・アスハだったということ。
カガリはカガリ・ユラ・アスハの中の、自由奔放な一面だったということ。
けれど、その自由奔放さがカガリ・ユラ・アスハを成長させたのもまた事実だということ。
そして、アスランが愛したのは、カガリだったということ。
カガリの一面でもあるカガリ・ユラ・アスハを支援することが、カガリを守ることに繋がると信じ、カガリ・ユラ・アスハで東奔西走するカガリに賢明に尽してきたのではないだろうか?ということ。

描かれていない空白の2年はただそんな風に流れていったのではないだろうか?
確かにどちらも同じであることは変わらない。
カガリは、ずっと変わらずにアスランが自分の傍に居てくれ、支えとなってくれていることに感謝しつつ嬉しく思い、また心強く感じていたに違いない。その気持ちは本物だと思う。それだからカガリ・ユラ・アスハを頑張ることも出来た。
しかしカガリはいついかなる時もカガリ・ユラ・アスハであることを強いられたのかもしれない。カガリ自身がそうあるべきだと思っていたのかもしれない。もう姫ではない、国家元首。オーブ連合首長国代表首長カガリ・ユラ・アスハという、国を背負い、国民すべてを背負う者。
アレックスはそんなカガリ・ユラ・アスハを支え続けようとした。でもその心はずっと確かにアスランだった。そこからして何もかも同じようでいたものが、実際は既にそのベクトルが微妙にズレてしまっていた。
自由奔放なただのカガリは、それらによってどんどんとカガリ・ユラ・アスハに侵食されていった。蝕まれていったと考えればSEEDのカガリとDESTINYでのカガリの大きな違いも、どこかつじつまが合うような気がしてくる。カガリの視野があれほどまでに狭まってしまった理由がそこにあるのだとすれば。
アスランも、そんなカガリを黙って見守ることしか出来なかった。それでいながらカガリ・ユラ・アスハとカガリとの同化がそこまで進んでいるとは気が付くことができなかった。
カガリの深層心理には “ただのガカリ”であり続けたいと思う部分が残されており、ひとりの女性として愛するアスランの前ではその思いが特に色濃く現れていたのではないだろうか。その心が一生懸命“カガリ”をさせていたのかもしれない。それがアスランの目を狂わせたのではないだろうか。そこから生まれたのがアスランの勘違い。
またアスランの誤算は、カガリを愛するが故にカガリとカガリ・ユラ・アスハを買いかぶりすぎてしまっていたということ。「カガリなら」とずっと信じていた。ユウナのことも、同盟のことも、何もかも。だから自分が離れても大丈夫だと思い込んでしまっていた。
“人の心”という、これほどまで曖昧でいい加減なモノ以外に何の根拠もないというのにね。“信じるきる”といえばカッコイイっちゃカッコイイけど、アスランもたいがい自分勝手な解釈をしているんだよね、実は。
(・・・うっ、、自分で書いていながら、ものすごく痛いかも・・・・泣)

しかしながら、これらは互いの役目がそうさせてしまったというだけ。大切な何かが見えなくなってしまっていただけ。その何かに気がついた今であるということ。
長い長い迷走の果てに行き着いた場所は振り出し。
長いブランクを置いてもなお、アスランとカガリが人間として個として互いを想いあう心に変りはなかった。揺るがぬ想いは誰にも消せない希望を湛え続けることになる。

「望むこと、できること、すべきこと」
カガリは決してアスランと国を天秤にかけたりはしていない。
指輪を外したのは、両立ができないからと考えたわけでもない。
アスランを誰よりも愛していると、自分にとってかけがえのない人だと気がついてしまったから、外すしかなかっただけ。指輪を貰ったときのカガリはカガリ・ユラ・アスハだったから。
カガリは再びカガリ・ユラ・アスハに、今度は自分の意思でそうなることを決意した。
戻るのではなく、これからなるのだ。
そして、カガリであることをもう2度と忘れない。
アスランに愛されたカガリであり続けるために。
アスランを愛しているカガリであり続けるために。

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かつて、2つの心はひとつになった。
そのすこしあと、・・・・もうすでにそこからカガリの時間は止まっていた。
同じようにアスランの時間も進んではいなかった。
そのまま気持ちだけは変わらずに残った。

けれど、時が止まることはない。
流れ続け様々に変わっていく。変化し続けていく。

再び二人の時間が動き出したとき、
止まっていた時間の分だけ変わってしまっていたことに気がつく。
それでも変わらずに在り続けた確かな想いは消えない。
胸に刻み込まれた想いは、後ろを振り返る為のものではなく、
前へ進む為の原動力となる。
一歩一歩、その足で歩み始める。
変わらずにいる為に、変わり続けようと心に誓う。
自分のために、愛する者たちのために、世界のために、
より良き未来のために力の限りを尽くす。
その未来こそ、自分と愛する人の為のものなのだから。

この先も変わらずに変わり続けていければ、きっと再びめぐり合う。
その日を夢にして・・・

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アスランにとってのカガリ、カガリにとってのアスランは、やっぱり、その運命の出会いから始まって、思想や思考や志、力や立場や行動そのもの、その内に見え隠れする強さ、弱さ、不安定さ、そんなものそっくりひっくるめて互いが互いに共感し合える似たもの同志であるということ。同じ目線で物事を捉え、価値観を同じくし、お互いを理解し合える者として惹かれ合い、愛し合った。それでいいような気がする。
エピソードを逐一挙げてここがどう、あそこがどう、といちいち検証しなくても、それだけで充分じゃないかな。(いいエピソード満載だけどねw)

とどのつまり、最初に戻るというわけだ。
誰がなんと言おうと「空は青いし、だから海は青い」。
でも時に海は碧くも蒼くも変わっていたかも知れない。けれど青いままなんだよ。
・・・それが私の結論だね。

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