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2006年9月23日 (土)

勝手に卓上カレンダー

Seedd2007calendar 2006年も残すところあと3ヶ月余。2007年のカレンダーも既に予約が始まっているのだけど、さすがにA2サイズのSEED DESTINYカレンダーを飾るつもりはない。
今年の”日めくりカレンダー”は思いのほか重宝した。2006年が終わっても資料として保存予定。
果たして2007年も”日めくり”が発売になるのか?というと、DESTINYの年表が公式発表されない以上は望めないかなぁーと。

ところでSEEDこだわらず、毎年必ず仕入れているのが卓上カレンダー。CDケースくらいのもので、書き込みが出来るものを日常に使っている。前後の月が載っているものが好ましい。
探すと意外に気に入ったものが見つからない。そこで作ってみた。

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某”青い店”にて11月に発売される”バースディアクセ”なるものから画を”個人的使用”の為に流用。なかなか良い出来だと自画自賛。(ご希望の方にはもれなく差し上げません。どうしても、というならば・・・・?)
暇人だよなぁ~私って。
※”バースディアクセ”は一目惚れするくらいにカワイイぞ。

2006年9月16日 (土)

『僕たちの好きなガンダムSEED』???

書店に寄ったついでに「ニュータイプ10月号」のアスカガを見なくっちゃと、いそいそとアニメ雑誌のコーナーへ。

コレが噂の”雨宿り”なアスカガかぁ~としばし見惚れた。その後ページを戻って石田さんの記事を読み、再び雨宿りぃなページを読んだ。
石田さんの”アスラン”というキャラクターに対する考え方は、いつも語られているものとほとんど同じ。また、スペエディは”監督の要求”に応える形で取り組んでいる姿が良くわかった。特にシンとの関係性をサラッとさせたい監督だということ。本編を否定したくない私としては、結果的にそれをどう評価をすべきなのかは今はまだわからない。まだその段階ではないから。もしかしたら評価そのものが無意味となる可能性も秘めていると実は戦々恐々だったりもする。(が、そこも今は考えない)

質問に対する石田さんの答えとして、アスランは変わったといえば変わったし、変わっていないといえば全然変わっていない、という考え方には同意したい。石田さん=アスランではないと常々思っていることだけど、私の思うアスラン像と少しでも近い感覚を持った方が演じてくれていると思えば、やはり嬉しく思う。
雨宿りぃなページの記事は誰のもの?なかなか鋭い分析だったね。私も”大人な二人”の素敵なその後を楽しみにしたい。

ぜんぜんヒモで縛らない書店だから、立ち読みでなんでもし放題。更にアニメージュとアニメディアをパラパラ。なるほど、今月はアスカガ月間って言われる訳だとほくそ笑む。
そこでふと目に留まったのが、別冊宝島「僕たちの好きな」シリーズから
Takarajima_seed 「僕たちの好きなガンダムSEED」(1000円)
なんだこれ?はじめて見た。ってことでコレもパラパラ・・・っと。いつもどおりフツーに”SEED”の解析本。(おまけのようにDESTINYコーナーも)
「・・・まだこんなもんがでるんだぁー」と苦笑い。発行日は2006/9/21になってたけど、8/21発売だったようだ。
全然知らなかった。
竹書房から少し前に発売されたアーカイブシリーズ「SEED」と「SEED DESTINY」がフルカラー印刷で良いデキ(誤植はともかく)だっただけに、いくら「僕たちの好きな」シリーズとはいえ、こんな時期にこの作品をナンデまた?という感じ。特別惹かれる部分でもなければ今更誰も「欲しい」なんて思わないだろうに・・。

【特 集】
『機動戦士ガンダムSEED』名場面集
戦闘名場面集 戦うSEED
号泣名場面集 泣けるSEED
愛憎名場面集 想うSEED

これじゃあなぁ・・・(^^;)
この本だけのインンパクトある何かがあるか、といえばそうでもないんだよね。この手の本、2番煎じどころの話でもないわけで、「売れないんだろうな。」といらぬ心配をしてしまいそう。
(当然買わずにパラ見で退散したから、面白記事を見落とした可能性が無いとは言えない)

もしかして「僕たちの好きなガンダムSEED DESTINY」も近々出すのかな?

2006年9月 8日 (金)

SEEDはキラ、だよなぁ。

自宅では音楽を聴く習慣も時間もほとんどない。音楽を聴くとしたら、もっぱら自家用車での移動中。とはいえ通勤は片道10分程度だし、一枚のCDを聴きあげるまでに数日かかちゃうなんてことも・・・(汗)

♪tears のエンドレスもさすがに飽きてきたので、久しぶりに”SEEDサントラ3・4”のMIXを選んだ。好きな曲はいっぱいいっぱいあるけれど、SEEDでは「翔ベ!フリーダム」が一番のお気に入り。ちなみにDESTINYでは「新しき世界へ~衝撃・正義・自由」かな?とも思うけど、「叫びと撃鉄」がかなり好き。

久しぶりに「正義と自由」や「カウントダウン」を聴いた。
SEED4クールで繰り返し繰り返し使用されている曲であり、戦闘の情景が目に浮かんでくる。
DESTINYと平行してSEED回帰していた為に、SEEDもアスランを主人公として視ていた私だった。けれど、今、このサントラを聴いて頭に思い浮かんでくるのは、キラ(フリーダム)とかクルーゼであり、戦闘シーンがほとんどなんだよね。やはりSEEDの主軸はどこまでもキラだったのだなぁと改めて(初めて?w)思った。
最後の大仕事が残っていたとはいえ、SEED4クールでのアスランはサブに近い。カガリがアスランのハツカネズミを指摘したところで、その先は逡巡が強く描かれることがなくなり、つまり一応決着したという扱いに。「アスラン、一兆上がり。後はキラを纏めよう」って感じで。(だから余裕で最後を見ることができ、キラの真実を客観的に楽しく(?)観れたのだけど。)
そこんとこ、DESTINYでは見事に木っ端してくれたから、最後まで苦しかったし辛かった。(未だに)

DESTINY本編はともかく、今のスペエディはアスラン視点で構成しなおされている。SEEDとDESTINYのそのほとんどを”アスラン主人公”として観てきただけに、何の違和感もなく、今はそれが逆に当たり前のような気になっているけれど、おそらく映画は”キラ中心”に戻されると予測できる。SEEDのようにキラが主人公としての中軸を占め、そこにはラクスが深く関わり、アスランとシンが加わることでガンダムとしての主旋律が形成され、そこにカガリが関与する。そんな構図が想像される。
DESTINYではほとんど内面や戦うことへの葛藤が描かれることがなかったキラでありラクス。そう考えれば、アスラン視点としたスペエディでありながらも、やたらに多いキララクの新規カットは、劇場版における唐突感を減らすための必要不可欠要素なのかもしれないなんてふと思ったりした。

「覚悟はある」と断言したキラ。
そこから始まった新たなる戦いでの試練や苦悩が描かれるのは間違いないと思う。(苦悩と試練はSEEDにつきものだから外せない。) 
けれどそれがそのまま、キラとアスランが3たび敵対し刃を交えなければならない状況という、安易な物語にならないことを祈る。

DESTINYでは達観していたキラ。
人間(いくらスーパーコーディでも)一足飛びに悟れるわけじゃないでしょうに。間が描かれていないから、「一気に昇華しちゃったよー」という印象になってしまった。
劇場版ではキラが中心で、もし、キラの苦悩が再び強くかかれるようなことになれば、もしかしたら、今度はアスランが(ある部分では)見事に悟ってしまったように描かれてしまう可能性はないだろうか?立場が逆転すれば、その全てが逆転現象を起こすことって良くあることだから。
とはいえ、アスラン=お悩みキャラ確定だしね。だけど、最終的には悩む事に対しても前向きであることを決めたアスランであり、今までとは少し感じが違ってくるのではないかと期待。もうどっぷりは浸らないっていうか。
例えばシンから『アスランもいい加減にその悩み体質、どうにかしてくださいよー』とか言われちゃっても、軽くかわせちゃうくらいに。

SEEDのサントラを聴きながら、ツラツラと考えていた今日この頃。
劇場版に関しては考えないほうがいいよなぁーと思っていても、他に思うこともなく、ついアレコレと想像をめぐらしてしまう。イカンなぁ。
色々考えても結局は、「アスラン視点が大きく描かれることはまずないだろう」に至り、中心になって苦しむ姿を見なくていいのなら、それはそれで良いことなのか?と思ったり、でもどこか寂しさを感じてみたり・・・。
そして、キラが主人公ってことは、「ついに私もキラ視点でレビューを書いたりするのかな?」そんな考えがふとよぎったけど、それは速攻で却下。それでも私はアスラン視点で観ようとし、アスランの角度から考察するんだろうなぁ・・ってね。馬鹿だよなぁ。

それにしても気が早すぎか。やはり、”何も考えない”努力をしたほうが良さそうだ。

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