« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月29日 (水)

スペエディⅣ

なーんだ、いつの間にTV放送日が発表されていたんだね。
1月7日(日) 26時20分~(TBS)ってことは、事実上8日(月)だね。
成人の日、ハッピーマンデー♪ 
お休みの日じゃん。らっきぃ~! 今回もまた遠征決定!!

追記:スペエディ視聴雑感は 本宅 にてどうぞ。(1/8)

2006年11月26日 (日)

『機動戦士ガンダムSEED~SEED DESTINY「THE BRIDGE」 Across the Songs from GUNDAM SEED&SEED DESTINY』

Brideg 発売日の前日に到着。ベスト版ではあるので、曲に対する大いなる期待はないけれど、やっぱりビクター担当の曲はどれも良いからキチンと1枚のCDに纏められているのは嬉しい。でもそれはちょっと古い思考での延長線上かな?(^^;) 今はお気に入りのCD何十枚も全部ひとつに纏めてしまえるし、オリジナルを制作するのだってお茶の子さいさい。同じ曲ならCDを何枚も持つ必要なんて全くないわけで。
さて、楽しみにしていたのが特典のブックレット。200Pというからさぞかし楽しい話題が満載かと思えば、読み物の部分はいいとこ1/3くらいかな?ちょっとがっかり。そのうちの半分は『月刊ガンダムSEEDスーツCD通信』”声優グランプリ”の再録だったしね。私は殆ど読んだことがなかったものだったけれど、それでもやっぱり時間が経ち過ぎた過去のインタかなーという印象だった。
それでも、音楽プロデューサー野崎圭一氏のインタ記事はとても面白かった。(目新しさ・・も含めてなのだろうケドw) ちゃんとディスク毎に、しかも曲のひとつひとつに対しての制作秘話や裏話、想い入れがたっぷりと語られていた。
(以下内容に触れます)

続きを読む "『機動戦士ガンダムSEED~SEED DESTINY「THE BRIDGE」 Across the Songs from GUNDAM SEED&SEED DESTINY』" »

2006年11月13日 (月)

呪縛はどーした?(完結編)

2回に分けるほどのものではなかったハズなのに、書き出したら止まらなくなってしまった。とにかく本題に入らずにタイトルだけ先行してしまったので、今度こそ本題へ突入し完結を。。。なんだけど、2回になった分で、やや濃い目に(笑)

『手紙』という映画を観た。 ・・・・いきなり脱線(汗)

兄はやんごとなき理由から強盗殺人を犯し、現在無期懲役にて服役中。
弟は兄の所業により、素性の知れた周囲からは偏見と差別の目で見られ、嫌がらせも後を絶たない。(名前こそ変えられないけれど)極力他人との関わりを避け、素性がばれないように、とにかく平穏に暮らすことを望む。それにもかかわらず素性がバレてしまえば元の黙阿弥。周囲の自分に対する理不尽とも思える差別に、諦めと苛立ちの両面で苦悩する弟。「兄は犯罪者かもしれない。けれど自分は兄ではない」
営業成績を上げ昇進するはずだった弟は、突然倉庫番へ配置転換となる。素性がばれたから。弟は職場の会長から直々に「差別されるのは当然」と諭される。
何故当然なのか・・・偏見であろうとなんであろうと、人は、マイナスなモノには関わりたくない、同じに見られたくないという自己防衛本能に近いものを持っているからだろうと会長は言う。マイナスイメージのある者を会社の顔には出来ない。そのまま会社のマイナスイメージに直結してしまうから。君の家族が犯罪者だという事実はすなわち君の評価となる。当然差別の対象となる。兄は、自分以外の何かに及ぼす影響も考えなければならなかったのだ。罪を償わなければならないのは自分ひとりだけではない、ということを失念してはいけなかったのだ。
・・・とまぁ、そんな感じのお話。

続きを読む "呪縛はどーした?(完結編)" »

2006年11月12日 (日)

呪縛はどーした?

本宅にて 『機動戦士ガンダムSEED DESTINY スペエディⅢ「運命の業火」、TV視聴直後雑感。』 を書いて以来「スペエディ3」については放置。このモチベーションの低下はなんだろう・・・と我ながら苦笑い。
アスラン視点になりきれない”アスラン不在”な部分であり”繋ぎのⅢ”と位置付けてしまったから、というのはある。そんな状態でも唯一(?)アスラン視点として描かれていたのが”悩まないアスラン”というのがまた微妙。アスランは、傍目に自分が”悩み王”として見られていたという自覚が無かった、ということなのか?ってね(汗) 私に言わせれば、悩んでこそのアスランだったりして(笑) と言いつつ”苦悩するアスラン”には私自身も一緒に苦しむくせに、いざ悩まないとあらら?と思ってしまうという矛盾に苛まれてはいる。(まぁそれは、悩まない人間なんていないし、けれど前向きに悩むことを肯定し、成長していくアスランが好きだから、ってことでヨシとして!w)

さて、TV視聴から随分と時間がたってしまったのだけど、私の中で一番引っかかったのが”∞ジャスティス受領”でのラクスとアスランのセリフの変更。巷(特にアスカガ派)では「ラクスが優しくなった」という感想が多かった。(言い回しが、って意味だと思うけど) また会話の意味がわかりやくすなった、という感想も多かった。基本的にラクスの言葉の意味は同じ。アスランも同じ。なんだけど、言い回しの変更によって本編で感じた、根底にあったハズのものが若干変化した(もしくは消えた?)ような印象になってしまったと感じるのは私だけだろうか?
※(注)好みの問題はあっても、決して良し悪しを言っているのではない。

それはともかくとして、あの場面では、まず、肉体的にはもちろん、より精神的に傷ついているアスランという印象が薄くなった(「身体のことではない」というラクスのセリフがカット及びアスランの苦悩の表情がカットされたから)。そして、ラクスの言葉(セリフ)はラクス自身の言葉だけれど、”キラ”を強調した(代弁的な)言葉になったように思う。更に”アスラン”にこだわらなくても、アスランはアスランであり、もしかして呪縛が薄らいでいる?など。

続きを読む "呪縛はどーした?" »

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »